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オープン3周年企画その②「11月は早めにグルーヴィン」及び11月の営業について
お蔭様で4年目の営業に入る事が出来ました。夢のような気持ちです。
馴染んで頂いたお客様にお知り合いをお連れ頂き、またその方にも通って頂く。少しずつですがバーらしくはなってきているのでしょうか。
また最近取材掲載して頂いた「散歩の達人(10月号)を見て来ましたよ。」という方も多数いらっしゃいます。お店は皆さんに支えて頂いているのです。嬉しいですね。
さてまずは11月の営業日のご連絡です。
お休みは以下のとおりです。
・11月 1日(日)
・11月 3日(祝)
・11月 8日(祝)
・11月15日(日)
・11月22日(日)
・11月23日(祝)
・11月29日(日)
7回とお休みがいつもより多いのですが11月は以下のように通常より早めの営業を行う日を設けました。
題しましてオープン3周年企画その②「11月は早めにグルーヴィン」です。
※11月中のすべての月曜日及び連休明け24日(火)、すべての金曜日は6時より営業致します。(なんと2時間早めてオープンです。)
なおクローズ時刻は朝方4時半の通常時刻です。もしお勤めが早めに終了するようでしたらどうぞお気軽にお立ち寄り下さいね。
●最近のグルーヴィンの様子
ここのところ初来店のお客様が多くなっています。これはとても嬉しい事です。
基本バーはご常連で成り立つのですがどのお客様でも最初は初来店です。当たり前ですけど。
電飾看板を見て入られる方、ネットのサントリーバーナビや食べロクをご覧になって知られた方等いろいろです。
けっこうな割合でBGMを楽しんで頂いております。
意外に大好評なのが以下のシングルレコードです。
・エジソンライトハウス「恋の炎」
・1910フルーツガムカンパニー「サイモンセッズ」「トレイン」
・カウシルズ「雨に消えた初恋」
・アーチーズ「シュガーシュガー」
・スコット・マッケンジー「花のサンフランシスコ」
・メッセンジャーズ「気になる女の子」
グルーヴィンお得意のオールディーズロックンロールの時代からはやや外れていますがいわゆる「バブルガムポップロック」という60年代後半のものです。同時代のハードロックから見れば「フンッ」って思う方もいそうですがこれが実はそうでもないのです。
思わず涙腺がゆるんで声にならない声が出てしまう方も多いです。グスッ。。。
ここのところ足りない音源はCDで揃えております。
またビートルズにあわせて店内のエレキを爪弾く方。ここのところ私がお店を始める前に思い描いていた事が現実となって現れています。美味しい洋酒と古臭い音楽。
どうみても本格的なショットバーではないし、まともなロックバーでもないでしょう。
しかしこんなお店が世の中にあってもいいのかもしれないなと感じている今日この頃です。4年目の営業頑張ります。
馴染んで頂いたお客様にお知り合いをお連れ頂き、またその方にも通って頂く。少しずつですがバーらしくはなってきているのでしょうか。
また最近取材掲載して頂いた「散歩の達人(10月号)を見て来ましたよ。」という方も多数いらっしゃいます。お店は皆さんに支えて頂いているのです。嬉しいですね。
さてまずは11月の営業日のご連絡です。
お休みは以下のとおりです。
・11月 1日(日)
・11月 3日(祝)
・11月 8日(祝)
・11月15日(日)
・11月22日(日)
・11月23日(祝)
・11月29日(日)
7回とお休みがいつもより多いのですが11月は以下のように通常より早めの営業を行う日を設けました。
題しましてオープン3周年企画その②「11月は早めにグルーヴィン」です。
※11月中のすべての月曜日及び連休明け24日(火)、すべての金曜日は6時より営業致します。(なんと2時間早めてオープンです。)
なおクローズ時刻は朝方4時半の通常時刻です。もしお勤めが早めに終了するようでしたらどうぞお気軽にお立ち寄り下さいね。
●最近のグルーヴィンの様子
ここのところ初来店のお客様が多くなっています。これはとても嬉しい事です。
基本バーはご常連で成り立つのですがどのお客様でも最初は初来店です。当たり前ですけど。
電飾看板を見て入られる方、ネットのサントリーバーナビや食べロクをご覧になって知られた方等いろいろです。
けっこうな割合でBGMを楽しんで頂いております。
意外に大好評なのが以下のシングルレコードです。
・エジソンライトハウス「恋の炎」
・1910フルーツガムカンパニー「サイモンセッズ」「トレイン」
・カウシルズ「雨に消えた初恋」
・アーチーズ「シュガーシュガー」
・スコット・マッケンジー「花のサンフランシスコ」
・メッセンジャーズ「気になる女の子」
グルーヴィンお得意のオールディーズロックンロールの時代からはやや外れていますがいわゆる「バブルガムポップロック」という60年代後半のものです。同時代のハードロックから見れば「フンッ」って思う方もいそうですがこれが実はそうでもないのです。
思わず涙腺がゆるんで声にならない声が出てしまう方も多いです。グスッ。。。
ここのところ足りない音源はCDで揃えております。
またビートルズにあわせて店内のエレキを爪弾く方。ここのところ私がお店を始める前に思い描いていた事が現実となって現れています。美味しい洋酒と古臭い音楽。
どうみても本格的なショットバーではないし、まともなロックバーでもないでしょう。
しかしこんなお店が世の中にあってもいいのかもしれないなと感じている今日この頃です。4年目の営業頑張ります。
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夏も終わりのグルーヴィン、9月連休もグルーヴィン
●前回もお知らせ致しましたがシツコク9月定休日のお知らせを
・9月 6日(日)
・9月13日(日)
・9月20日(日)
・9月27日(日)
※9月は26日間の営業となります。
●オープン3周年記念特別営業「夕方からグルーヴィン」及びロックンロール生誕60年記念その⑤⑥⑦
・9月21日(月・敬老の日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑤「バディ・ホリー特集・伝説の天才ロックンローラー」
・9月22日(火・国民の休日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑥「エルヴィス・プレスリー特集・ロックンロール黄金時代」
・9月23日(水・秋分の日) 夕方5時オープン夜11時クローズ
⑦「60年代初期のブリティッシュビートを楽しもう。パート2」
一気に3日間を突っ走ります。
秋からは3周年記念企画とロック生誕60年がリンクしてまいります。お楽しみに。
●タバコとグルーヴィン
時代の流れに反するようですがグルーヴィンでは喫煙が出来ます。
「なんて店だ、このご時勢に」って憤る方もいるでしょう。実は私、平子はまったくタバコをたしなみません。タバコはガンの発症を高めるとか受動喫煙も唱えられる時代ですがなんとタバコの良い面もあるようです。
・ストレスの軽減
・ボケの防止
ガンの発症の問題にしても実はさほどの害はないという説も強いようです。受動喫煙も同様で数字的にはあまり危険性はないという説も出ています。私には嫌煙家が少し騒ぎすぎとも思えます。それをまた支持した方が安全という公の施設。大手企業。
時代の流れで愛煙家をまるで犯罪でも犯したようにきつく縛り挙げているような気もしないでもありません。どぎついオーデコロンや車やオートバイの意味の無い騒音。私から見たらもっと迷惑な感じもするところです。現代人の自己主張の強さは嫌気がさす時が多々あるかと思います。
あくまでも嗜好品、他人を思いやる気持ちを持ち喫煙マナーを守ればさして問題ないと考えております。
何よりも煙や匂いが嫌だという方も多いでしょうがタバコをまったく吸わない私、実はあまり気になりません。というよりほのかな上品な香りが好きな方です。またお酒特にウイスキーとタバコはこりゃなかなかピタリとあうものって感じがします。
ご来店のお客さんでタバコをたしなまれる方は約40パーセント少しだと思います。女性も楽しみながら喫煙される方も多いと感じます。
健康のために吸いすぎには注意され適宜にお楽しみ頂ければさほど問題はないと私は考えております。要はお酒も一緒では。
バーとタバコ・・・。こりゃ現代でも切り離せないものでしょうか。
ストレスを癒し、人生のひと時に潤いをもたらすならばまわりが目くじらを立てるのはいかがなものなのでしょう。
●ロックンロールよもやま話 -その63-
「夢を掴んだドリーミン」
ご案内:チャーリー・冷奴
日毎に秋の色が強まります。
暑さも治まりつつあり逆にこの時期に他の皆さんと交代に夏休みをとられる方もいらっしゃるでしょう。
秋、いやまだ少し早いかもしれませんが秋刀魚が恋しくなってまいります。大根おろしに醤油をかけて・・・ゴクッ。
話は変わりますがグルーヴィンに保管されているオールディーズ音源で大スターではないがなかなか侮れずポップスの歴史の中に生き続けているアーティストのレコードが多数あります。本日の主役はまさにそんな中の一人であります。ロカビリー時代を経てマイルドなポップロックサウンドで人気者になったジョニー・バーネットです。
少年時代ふいにラジオの懐メロポップス番組で紹介されいっぺんでとりこになった曲があります。1960年の大ヒット「ドリーミン(夢に見る恋)」でした。恐らくはバイオリンであろうとおぼしきイントロにまず引きこまれました。まさにアメリカンポップ、リバティーレコードのサウンドでした。続いて男らしい甘い声のヴォーカル。それがジョニーとの初めての出会いでした。
ジョニーは34年3月25日メンフィス出身。メンフィスはブルース等黒人音楽の中心地ですね。
彼は大変なスポーツマンでボクシングと音楽が大好きな少年でした。兄はドーシー・バーネットでこちらもその後に弟同様にヒットソングを飛ばす歌手になりました。
ドーシーも音楽とボクシングが得意でありました。高校時代こちらもまた音楽とボクシングが趣味(ハハハ!)のポール・バーリソンと3人でバンドを組みました。後にロカビリーの歴史に名が残るジョニー・バーネットトリオの原型です。ジョニーがギターとヴォーカル、ドーシーがベース、ポールがギターという編成。
最初は恐らくカントリーを演奏していたかと考えます。エルヴィスに影響を受けながら活動を続けますがなかなか成功しません。56年には「ティアイットアップ」等、旬なロカビリーを発表しますがヒットという訳にはいかなかったようです。その後も活動は長く続けますが陽の目をみず解散に至ります。時代はもうロカビリーでもなく。
ウウッ・・・ (ノ_・。)
だけど悪い事ばかりではなかったようです。リバティーレコードに入ったジョニーは60年「森に火をつけて」でソロ歌手スタートです。古いカントリーをロックに仕立てたのですがヒットはしませんでした。次の「ドントドゥーイット」も同様でした。
そして3枚目に発表した「ドリーミン」でとうとう火がつきます。バリー・デヴォーゾン達が書き上げたこの歴史に残る名曲はスナッフ・ギャレットがプロデュースし60年8月米国で11位まで上がる大ヒット。ジョニーが栄光を掴んだのです。
この曲の後のシングル「ユアシックスティーン」が前作を上回る大ヒットでなんと8位まで上りつめ彼の人生最大の成功作となります。(73年にリンゴ・スターが取り上げ1位を獲得しています。)
その後は安定してチャートに曲が出てまいります。特に成功作は「リトルボーイサッド」(61年17位)、「ビッグワールド」(61年58位)「カントリーアンドマイベイビー」(61年18位)。
ロカビリー時代はほとんど売れませんでしたがその後に62年まで在籍したリバティーでスターダムに上がりました。日本では62年に「片目のジャック」が好評でかなりのヒットとなりましたね。この曲マーロン・ブランドの西部劇を反映させたものだと思います。なぜか私の家に兄弟が買ったシングル盤がありました。
ジョニーはその後63年にキャピトルに移籍します。
まだまだこれからという時期でしたが、残酷な運命の悪戯が待っていました。
64年8月14日の夜にクリアレイクにて小船に乗り一人で釣りを楽しんでいた彼、船に追突され亡くなりました。
ジョニー・バーネット30年の生涯でした。
70年代の映画「アメリカングラフィティ」で効果的に「ユアシックスティーン」が使われ久しぶりにジョニーに脚光があたりました。この時名前を知られた方もいらっしゃるでしょう。また80年に米国で「愛は風にのせて」を大ヒットさせたロッキー・バーネットはジョニーの息子さんであります。
ジョニーの野太くしかし甘い歌声、グルーヴィンでは2枚のアナログLPで全盛期のリバティー時代の音源を中心にお聴き頂けます。
なお冒頭にも書きましたが兄のドーシーも60年代初期からヒット曲をいくつか発表しており、アメリカングラフティボリューム3というアルバムで「ヘイリトルワン」(60年48位)が選曲されております。ドーシーは70年代までカントリー畑で名を残しましたが79年8月に49歳の若さでこの世を去っております。またジョニー・バーネットトリオ時代にエレキギターを担当したポール・バーリソンも2003年に亡くなっております。
ロカビリーが大好きな方はジョニーのトリオ時代にとっても興味を持たれていると思います。この20年ほどその彼等の音源は手に入りやすくなっております。ただ私はどうしてもジョニーが栄光を掴んだリバティー時代が気になるのです。何しろ苦労し続けた彼がようやく全米いや世界で脚光を浴びた「ドリーミン」
私の人生の中でも大切なフェイバリットソングであります。お若い方々もどうぞ一度お聴きになって下さいね。夢をもらって元気になる曲です。
私は今日はグルーヴィンでジョニーの歌声を聴きながらハーパーのハイボールでもグビッと飲もうっと。チャーリーが担当しました。
・9月 6日(日)
・9月13日(日)
・9月20日(日)
・9月27日(日)
※9月は26日間の営業となります。
●オープン3周年記念特別営業「夕方からグルーヴィン」及びロックンロール生誕60年記念その⑤⑥⑦
・9月21日(月・敬老の日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑤「バディ・ホリー特集・伝説の天才ロックンローラー」
・9月22日(火・国民の休日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑥「エルヴィス・プレスリー特集・ロックンロール黄金時代」
・9月23日(水・秋分の日) 夕方5時オープン夜11時クローズ
⑦「60年代初期のブリティッシュビートを楽しもう。パート2」
一気に3日間を突っ走ります。
秋からは3周年記念企画とロック生誕60年がリンクしてまいります。お楽しみに。
●タバコとグルーヴィン
時代の流れに反するようですがグルーヴィンでは喫煙が出来ます。
「なんて店だ、このご時勢に」って憤る方もいるでしょう。実は私、平子はまったくタバコをたしなみません。タバコはガンの発症を高めるとか受動喫煙も唱えられる時代ですがなんとタバコの良い面もあるようです。
・ストレスの軽減
・ボケの防止
ガンの発症の問題にしても実はさほどの害はないという説も強いようです。受動喫煙も同様で数字的にはあまり危険性はないという説も出ています。私には嫌煙家が少し騒ぎすぎとも思えます。それをまた支持した方が安全という公の施設。大手企業。
時代の流れで愛煙家をまるで犯罪でも犯したようにきつく縛り挙げているような気もしないでもありません。どぎついオーデコロンや車やオートバイの意味の無い騒音。私から見たらもっと迷惑な感じもするところです。現代人の自己主張の強さは嫌気がさす時が多々あるかと思います。
あくまでも嗜好品、他人を思いやる気持ちを持ち喫煙マナーを守ればさして問題ないと考えております。
何よりも煙や匂いが嫌だという方も多いでしょうがタバコをまったく吸わない私、実はあまり気になりません。というよりほのかな上品な香りが好きな方です。またお酒特にウイスキーとタバコはこりゃなかなかピタリとあうものって感じがします。
ご来店のお客さんでタバコをたしなまれる方は約40パーセント少しだと思います。女性も楽しみながら喫煙される方も多いと感じます。
健康のために吸いすぎには注意され適宜にお楽しみ頂ければさほど問題はないと私は考えております。要はお酒も一緒では。
バーとタバコ・・・。こりゃ現代でも切り離せないものでしょうか。
ストレスを癒し、人生のひと時に潤いをもたらすならばまわりが目くじらを立てるのはいかがなものなのでしょう。
●ロックンロールよもやま話 -その63-
「夢を掴んだドリーミン」
ご案内:チャーリー・冷奴
日毎に秋の色が強まります。
暑さも治まりつつあり逆にこの時期に他の皆さんと交代に夏休みをとられる方もいらっしゃるでしょう。
秋、いやまだ少し早いかもしれませんが秋刀魚が恋しくなってまいります。大根おろしに醤油をかけて・・・ゴクッ。
話は変わりますがグルーヴィンに保管されているオールディーズ音源で大スターではないがなかなか侮れずポップスの歴史の中に生き続けているアーティストのレコードが多数あります。本日の主役はまさにそんな中の一人であります。ロカビリー時代を経てマイルドなポップロックサウンドで人気者になったジョニー・バーネットです。
少年時代ふいにラジオの懐メロポップス番組で紹介されいっぺんでとりこになった曲があります。1960年の大ヒット「ドリーミン(夢に見る恋)」でした。恐らくはバイオリンであろうとおぼしきイントロにまず引きこまれました。まさにアメリカンポップ、リバティーレコードのサウンドでした。続いて男らしい甘い声のヴォーカル。それがジョニーとの初めての出会いでした。
ジョニーは34年3月25日メンフィス出身。メンフィスはブルース等黒人音楽の中心地ですね。
彼は大変なスポーツマンでボクシングと音楽が大好きな少年でした。兄はドーシー・バーネットでこちらもその後に弟同様にヒットソングを飛ばす歌手になりました。
ドーシーも音楽とボクシングが得意でありました。高校時代こちらもまた音楽とボクシングが趣味(ハハハ!)のポール・バーリソンと3人でバンドを組みました。後にロカビリーの歴史に名が残るジョニー・バーネットトリオの原型です。ジョニーがギターとヴォーカル、ドーシーがベース、ポールがギターという編成。
最初は恐らくカントリーを演奏していたかと考えます。エルヴィスに影響を受けながら活動を続けますがなかなか成功しません。56年には「ティアイットアップ」等、旬なロカビリーを発表しますがヒットという訳にはいかなかったようです。その後も活動は長く続けますが陽の目をみず解散に至ります。時代はもうロカビリーでもなく。
ウウッ・・・ (ノ_・。)
だけど悪い事ばかりではなかったようです。リバティーレコードに入ったジョニーは60年「森に火をつけて」でソロ歌手スタートです。古いカントリーをロックに仕立てたのですがヒットはしませんでした。次の「ドントドゥーイット」も同様でした。
そして3枚目に発表した「ドリーミン」でとうとう火がつきます。バリー・デヴォーゾン達が書き上げたこの歴史に残る名曲はスナッフ・ギャレットがプロデュースし60年8月米国で11位まで上がる大ヒット。ジョニーが栄光を掴んだのです。
この曲の後のシングル「ユアシックスティーン」が前作を上回る大ヒットでなんと8位まで上りつめ彼の人生最大の成功作となります。(73年にリンゴ・スターが取り上げ1位を獲得しています。)
その後は安定してチャートに曲が出てまいります。特に成功作は「リトルボーイサッド」(61年17位)、「ビッグワールド」(61年58位)「カントリーアンドマイベイビー」(61年18位)。
ロカビリー時代はほとんど売れませんでしたがその後に62年まで在籍したリバティーでスターダムに上がりました。日本では62年に「片目のジャック」が好評でかなりのヒットとなりましたね。この曲マーロン・ブランドの西部劇を反映させたものだと思います。なぜか私の家に兄弟が買ったシングル盤がありました。
ジョニーはその後63年にキャピトルに移籍します。
まだまだこれからという時期でしたが、残酷な運命の悪戯が待っていました。
64年8月14日の夜にクリアレイクにて小船に乗り一人で釣りを楽しんでいた彼、船に追突され亡くなりました。
ジョニー・バーネット30年の生涯でした。
70年代の映画「アメリカングラフィティ」で効果的に「ユアシックスティーン」が使われ久しぶりにジョニーに脚光があたりました。この時名前を知られた方もいらっしゃるでしょう。また80年に米国で「愛は風にのせて」を大ヒットさせたロッキー・バーネットはジョニーの息子さんであります。
ジョニーの野太くしかし甘い歌声、グルーヴィンでは2枚のアナログLPで全盛期のリバティー時代の音源を中心にお聴き頂けます。
なお冒頭にも書きましたが兄のドーシーも60年代初期からヒット曲をいくつか発表しており、アメリカングラフティボリューム3というアルバムで「ヘイリトルワン」(60年48位)が選曲されております。ドーシーは70年代までカントリー畑で名を残しましたが79年8月に49歳の若さでこの世を去っております。またジョニー・バーネットトリオ時代にエレキギターを担当したポール・バーリソンも2003年に亡くなっております。
ロカビリーが大好きな方はジョニーのトリオ時代にとっても興味を持たれていると思います。この20年ほどその彼等の音源は手に入りやすくなっております。ただ私はどうしてもジョニーが栄光を掴んだリバティー時代が気になるのです。何しろ苦労し続けた彼がようやく全米いや世界で脚光を浴びた「ドリーミン」
私の人生の中でも大切なフェイバリットソングであります。お若い方々もどうぞ一度お聴きになって下さいね。夢をもらって元気になる曲です。
私は今日はグルーヴィンでジョニーの歌声を聴きながらハーパーのハイボールでもグビッと飲もうっと。チャーリーが担当しました。
もうすぐオープン3周年
●9月の営業について
神保町のオールディーズロックバーのグルーヴィンも10月でオープン3周年となります。
とにかく先輩の方々から「3年は我慢するのだ」と教えられてきました。お店の存在が知れてくるのにそれだけかかるという事のようです。確かにここの所ふいにドアをオープンして頂き、その後も定期的にご来店頂く事が増えました。「石の上にも」と申しますがこのネット時代の現在でもこれは変わっていないようです。
さて早速ですがオープン3周年記念の特別企画の一つ目です。シルバーウィークの期間は題しまして「夕方からグルーヴィン」です。
9月21日(月・敬老の日)、22日(火・国民の休日)、23日(水・秋分の日)の3日間は夕方5時からオープン、11時クローズの特別営業となります。
(普段でしたら祝日はお休みなのですが。)
☆まずは9月定休日のお知らせを
・9月 6日(日)
・9月13日(日)
・9月20日(日)
・9月27日(日)
※9月は26日間の営業となります。
☆ オープン3周年記念特別営業「夕方からグルーヴィン」及びロックンロール生誕60年記念その⑤⑥⑦
・9月21日(月・敬老の日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑤「バディ・ホリー特集・伝説の天才ロックンローラー」
・9月22日(火・国民の休日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑥「エルヴィス・プレスリー特集・ロックンロール黄金時代」
・9月23日(水・秋分の日) 夕方5時オープン夜11時クローズ
⑦「60年代初期のブリティッシュビートを楽しもう。パート2」
一気に3日間を突っ走ります。
秋からは3周年記念企画とロック生誕60年がリンクしてまいります。お楽しみに。
●ロックンロールよもやま話 -その62-
「ロックンロールの女王」
ご案内:チャーリー・冷奴
暑さもだいぶ和らいできたようですね。長期で夏休みをとりましたが久しぶりに登場させて頂きます。
さてロックンロールの創世記1955年~58年くらいはほぼ男性アーティストがメインでしたがいよいよポップなサウンドがロックの主流になってくると女性歌手がアイドルとして多数ヒットパレードを賑わします。その中でトップ一人を選ぶとするとやはりコニー・フランシスでしょう。
私が学生時代の70年代中盤はもうオールディーズのレコードはほぼ廃盤で手に入る歌手はエルヴィス、パット・ブーン、ニール・セダカ、ポール・アンカ(RCAビクターでの再録)、ペギー・マーチ、フランスのシルヴィー・バルタンとか・・・
そして本日の主役コニー・フランシスでした。それだけ日本人に愛されたという事でしょう。
コニーは1938年12月ニュージャージーで生まれました。コンチェッタ ロサ マリア フランコネロが本名のようです。イタリア系だそうです。かつてのマカロニウェスタンの大スターみたいな名前です。
少女時代にタレントショーで有名になり歌の世界へ。苦労してMGMと契約、ようやくレコードを多数発表しますがまったく話題になりません。数年が経ち、やや諦めもでていたと思います。父親のすすめもあり古いスタンダード「フーズソーリーナウ」を録音・発売します。ロッカバラードでややカントリーの味わいが素敵な曲で58年に4位まで上がる大ヒット。本人、父親等関係者はどんなに嬉しかった事でしょう。
その後は今までの不振が嘘のようにヒット曲を連発します。
62年に歴史に残る名曲「ヴァケーション」を9位までの大ヒット後はややチャートは下げていきますが65年位まではトップスターであったと思います。米国でも50曲ものヒット曲は持っている彼女、当時、世界中にファンが多くヨーロッパではドイツ、アジアでは日本で特に人気が高いようで日本語で録音された曲が沢山ヒットしました。そのためか日本では米国でヒットした曲が少々隠れてしまうような感もあったようです。「可愛いベイビー」「夢のデイト」「大人になりたい」「ボーイハント」「想い出の冬休み」「渚のデイト」等、日本語の発音が実に上手く本人の録音前の練習量は凄まじいものであったでしょう。彼女の成功がその後の他の人気歌手の日本語録音に拍車をかけてくれたのでしょう。ジョニー・ティロットソン、ペギー・マーチ、ポールとポーラ、ニール・セダカ、ジョニー・シンバル。
歌唱力が素晴らしくゆったりとしたバラードでは日本の八代亜紀さんが得意の泣きながらフレーズをつなげていくスタイルも彼女の特徴でしょうか。歌謡曲・演歌にもかなりの影響を与えたはずです。
またコニーが一人で多重録音で異なるパートを歌う事を多様しているのはやはり当時の他のアイドルよりも歌唱が抜きん出ていたとしか言いようがないと思います。
コニーはあまりにもレコーディングした曲が多くそれも世界的で各言語で録音をしているので彼女の全録音を揃えている人は相当少ないでしょう。私等彼女のヒット曲の半分くらいしか聴けていないと思います。
グルーヴィンではアナログ盤で全盛期の大半のシングルヒット、CDで日本語吹込みの貴重な録音がお聴き頂けます。
さてオールディーズロックンロールのキングはエルヴィスかチャック・ベリーか。それならばクイーンは間違いなくコニーだと私は思っております。後に次ぐのはブレンダ・リーか。
ロックの歴史の中で50年代末から60年代初期のロッカバラードの時代の歌手は軽く見られているのではないでしょうか。ロカビリー旋風の後、世界の家庭ではテレビやラジオで沢山のアイドル歌手を見て大人も子供も楽しんでいたと思います。このサウンドはその後のマージービート等のブリティッシュバンドにも多大な影響を与え、今現在活躍するアーティストもこれらのサウンドを基盤にしていると私は確信しています。特にコニーがいなければ現在の音楽界の女性の立場も違ったものになっていたのではないでしょうか。
今の音楽界は男性と女性は対等だと思います。しかし彼女が活躍し始めた頃はまったく違っていたと思います。しかも男優勢の当時のポピュラー音楽界。
現在の音楽ファンの方々、どうぞコニーの歴史的な楽曲と圧倒的な歌唱力を再確認されて下さい。
もしお酒がお好きなら神保町グルーヴィンでコニーとご一緒して下さいね。
神保町のオールディーズロックバーのグルーヴィンも10月でオープン3周年となります。
とにかく先輩の方々から「3年は我慢するのだ」と教えられてきました。お店の存在が知れてくるのにそれだけかかるという事のようです。確かにここの所ふいにドアをオープンして頂き、その後も定期的にご来店頂く事が増えました。「石の上にも」と申しますがこのネット時代の現在でもこれは変わっていないようです。
さて早速ですがオープン3周年記念の特別企画の一つ目です。シルバーウィークの期間は題しまして「夕方からグルーヴィン」です。
9月21日(月・敬老の日)、22日(火・国民の休日)、23日(水・秋分の日)の3日間は夕方5時からオープン、11時クローズの特別営業となります。
(普段でしたら祝日はお休みなのですが。)
☆まずは9月定休日のお知らせを
・9月 6日(日)
・9月13日(日)
・9月20日(日)
・9月27日(日)
※9月は26日間の営業となります。
☆ オープン3周年記念特別営業「夕方からグルーヴィン」及びロックンロール生誕60年記念その⑤⑥⑦
・9月21日(月・敬老の日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑤「バディ・ホリー特集・伝説の天才ロックンローラー」
・9月22日(火・国民の休日)夕方5時オープン夜11時クローズ
⑥「エルヴィス・プレスリー特集・ロックンロール黄金時代」
・9月23日(水・秋分の日) 夕方5時オープン夜11時クローズ
⑦「60年代初期のブリティッシュビートを楽しもう。パート2」
一気に3日間を突っ走ります。
秋からは3周年記念企画とロック生誕60年がリンクしてまいります。お楽しみに。
●ロックンロールよもやま話 -その62-
「ロックンロールの女王」
ご案内:チャーリー・冷奴
暑さもだいぶ和らいできたようですね。長期で夏休みをとりましたが久しぶりに登場させて頂きます。
さてロックンロールの創世記1955年~58年くらいはほぼ男性アーティストがメインでしたがいよいよポップなサウンドがロックの主流になってくると女性歌手がアイドルとして多数ヒットパレードを賑わします。その中でトップ一人を選ぶとするとやはりコニー・フランシスでしょう。
私が学生時代の70年代中盤はもうオールディーズのレコードはほぼ廃盤で手に入る歌手はエルヴィス、パット・ブーン、ニール・セダカ、ポール・アンカ(RCAビクターでの再録)、ペギー・マーチ、フランスのシルヴィー・バルタンとか・・・
そして本日の主役コニー・フランシスでした。それだけ日本人に愛されたという事でしょう。
コニーは1938年12月ニュージャージーで生まれました。コンチェッタ ロサ マリア フランコネロが本名のようです。イタリア系だそうです。かつてのマカロニウェスタンの大スターみたいな名前です。
少女時代にタレントショーで有名になり歌の世界へ。苦労してMGMと契約、ようやくレコードを多数発表しますがまったく話題になりません。数年が経ち、やや諦めもでていたと思います。父親のすすめもあり古いスタンダード「フーズソーリーナウ」を録音・発売します。ロッカバラードでややカントリーの味わいが素敵な曲で58年に4位まで上がる大ヒット。本人、父親等関係者はどんなに嬉しかった事でしょう。
その後は今までの不振が嘘のようにヒット曲を連発します。
62年に歴史に残る名曲「ヴァケーション」を9位までの大ヒット後はややチャートは下げていきますが65年位まではトップスターであったと思います。米国でも50曲ものヒット曲は持っている彼女、当時、世界中にファンが多くヨーロッパではドイツ、アジアでは日本で特に人気が高いようで日本語で録音された曲が沢山ヒットしました。そのためか日本では米国でヒットした曲が少々隠れてしまうような感もあったようです。「可愛いベイビー」「夢のデイト」「大人になりたい」「ボーイハント」「想い出の冬休み」「渚のデイト」等、日本語の発音が実に上手く本人の録音前の練習量は凄まじいものであったでしょう。彼女の成功がその後の他の人気歌手の日本語録音に拍車をかけてくれたのでしょう。ジョニー・ティロットソン、ペギー・マーチ、ポールとポーラ、ニール・セダカ、ジョニー・シンバル。
歌唱力が素晴らしくゆったりとしたバラードでは日本の八代亜紀さんが得意の泣きながらフレーズをつなげていくスタイルも彼女の特徴でしょうか。歌謡曲・演歌にもかなりの影響を与えたはずです。
またコニーが一人で多重録音で異なるパートを歌う事を多様しているのはやはり当時の他のアイドルよりも歌唱が抜きん出ていたとしか言いようがないと思います。
コニーはあまりにもレコーディングした曲が多くそれも世界的で各言語で録音をしているので彼女の全録音を揃えている人は相当少ないでしょう。私等彼女のヒット曲の半分くらいしか聴けていないと思います。
グルーヴィンではアナログ盤で全盛期の大半のシングルヒット、CDで日本語吹込みの貴重な録音がお聴き頂けます。
さてオールディーズロックンロールのキングはエルヴィスかチャック・ベリーか。それならばクイーンは間違いなくコニーだと私は思っております。後に次ぐのはブレンダ・リーか。
ロックの歴史の中で50年代末から60年代初期のロッカバラードの時代の歌手は軽く見られているのではないでしょうか。ロカビリー旋風の後、世界の家庭ではテレビやラジオで沢山のアイドル歌手を見て大人も子供も楽しんでいたと思います。このサウンドはその後のマージービート等のブリティッシュバンドにも多大な影響を与え、今現在活躍するアーティストもこれらのサウンドを基盤にしていると私は確信しています。特にコニーがいなければ現在の音楽界の女性の立場も違ったものになっていたのではないでしょうか。
今の音楽界は男性と女性は対等だと思います。しかし彼女が活躍し始めた頃はまったく違っていたと思います。しかも男優勢の当時のポピュラー音楽界。
現在の音楽ファンの方々、どうぞコニーの歴史的な楽曲と圧倒的な歌唱力を再確認されて下さい。
もしお酒がお好きなら神保町グルーヴィンでコニーとご一緒して下さいね。
今年もお盆は通常営業です。
今年もお盆は通常営業です。
8月のお盆の時期、やはりお休みをとる企業の方々が多いですね。
どうぞ、故郷にお帰りになられたりお家で趣味を楽しんだりして英気を養って下さい。
さてグルーヴィン、8月の営業のお知らせです。
お盆も関係なくの老骨ムチを打っての計26日間の営業です。
お休みは以下の予定です。
・8月 2日(日)
・8月 9日(日)
・8月16日(日)
・8月23日(日)
・8月30日(日)
私もそろそろ日焼けして来ました。
暑い日が続きます。「夏は楽し」ですね。
●ロックンロールよもやま話 -その59-
「ロックンロール史上に残るイケメン大スター リッキー・ネルソン」
私は男なのでテレビや雑誌を見ていて美人、カワイコちゃんは気になりますが最近の男性タレントを見ていると「なんで彼がこんなに若い女性に人気があるのかな」と思う場合があります。
あきらかにハンサムな場合はよく理解出来るのですが中には街を歩いている男の子とどこがそんなに違うのかなと思う場合も多数あるのです。ごめんなさい。でもどこにもいるようなんだけど、ちょっとイカしたというのも流行りなのかな。
さて1950年代の米国、女性からはもちろん同性の男性から見てもあきらかにハンサムな男の子がいました。
はい今日の主役は偉大なロックンロールスター、リッキー・ネルソンです。
リッキーは1940年5月ニュージャージー州に生まれました。本名エリック・ヒリアード・ネルソン。
父も母も人気スターでラジオ番組を持っていました。家族で出演するようになり本名のエリック→リッキーとなったのでしょう。50年代に入るとテレビ放送となりました。
50年代半ばロックンロールが過熱してエルヴィスが登場するとリッキーも歌手を目指します。
57年に「十代のロマンス/アイムウォーキン」でデビュー、これが両面とも全米の大ヒットとなりました。アイムウォーキンはファッツ・ドミノのカヴァーでした。そのファッツの所属しているインペリアルレコードに移籍、第一弾「ビーバップベイビー」が大ヒットで5位まで上がります。その後も「ストゥッドアップ」「ビリーブホワットユーセイ」等大ヒットとなり58年8月に「プアリトルフール」がついに1位を獲得します。甘い声で当時のロックスターの中でも歌唱力はピカイチだと私は思います。
彼の全盛時代は62年位まででしょうか。この時期までの特に大きなヒットは「ロンサムタウン」「イッツレイト」「お前一人が」「ジャストアリトルトゥーマッチ」「スィーターザンユー」「トラベリングマン」「ハローメリールー」「ヤングワールド」「ティーンエイジアイドル」「恋のアイドル」と相当数あります。とにかく両面ヒットも多くエルヴィスに匹敵しますね。
63年あたりになるとやはりヒットは小粒になります。
デッカレコードに移籍、「フールズラッシュイン」そして名曲「フォーユー」が大きなヒットになっています。彼のオールディーズの時代はここいらで終了ですがカントリー音楽に戻り72年「思い出のガーデンパーティー」が6位まで上がる大ヒットを記録しています。
リッキーは早くから映画にも出演、ジョン・ウェイン主演「リオブラボー」は有名ですね。
デビュー当初からギタリストとしても素晴らしくバンドの中でボーカルとリズムギターを担当していました。やはり当時のロックスターはギターも上手いものです。
時は進み85年の大晦日、彼はツアー移動のために飛行機を使いました。スタッフ達と一緒に乗ったのですがテキサスで墜落、帰らぬ人になりました。まだ45歳の若さでした。
さて61年に発表した「リックイズ21」というアルバムの解説にリッキーからリックに名前を変更した旨が記述されています。いかにも少年のニックネーム、「リッキー」はもういいやと改めたそうです。
彼は全盛時にすでに50曲以上をヒットチャートに送り込んでいます。
日本では「ヤングワールド」が一番知られていたかもしれません。
大筋はロッカバラード歌手でしたがカントリーの味わいも持ちデビュー当初はロックンロールも歌えパット・ブーン同様に白人家庭に安心してワイルドなロックをやわらげて提供する役割も担っていたかもしれないなと思います。
リッキー・・・リック・ネルソン。この人もキングオブロックンロールの一人であると私は思っております。少年期から青年時代をロックンロールの世界に捧げた大スター、超ハンサムマンでした。グルーヴィンでは全盛期の大半のヒット曲をアナログレコードでお聴き頂けますのでじっくり味わって下さいね。またどうぞCDやダウンロードにて音源を購入され、そのまろやかな歌声をお楽しみ下さい。
8月のお盆の時期、やはりお休みをとる企業の方々が多いですね。
どうぞ、故郷にお帰りになられたりお家で趣味を楽しんだりして英気を養って下さい。
さてグルーヴィン、8月の営業のお知らせです。
お盆も関係なくの老骨ムチを打っての計26日間の営業です。
お休みは以下の予定です。
・8月 2日(日)
・8月 9日(日)
・8月16日(日)
・8月23日(日)
・8月30日(日)
私もそろそろ日焼けして来ました。
暑い日が続きます。「夏は楽し」ですね。
●ロックンロールよもやま話 -その59-
「ロックンロール史上に残るイケメン大スター リッキー・ネルソン」
私は男なのでテレビや雑誌を見ていて美人、カワイコちゃんは気になりますが最近の男性タレントを見ていると「なんで彼がこんなに若い女性に人気があるのかな」と思う場合があります。
あきらかにハンサムな場合はよく理解出来るのですが中には街を歩いている男の子とどこがそんなに違うのかなと思う場合も多数あるのです。ごめんなさい。でもどこにもいるようなんだけど、ちょっとイカしたというのも流行りなのかな。
さて1950年代の米国、女性からはもちろん同性の男性から見てもあきらかにハンサムな男の子がいました。
はい今日の主役は偉大なロックンロールスター、リッキー・ネルソンです。
リッキーは1940年5月ニュージャージー州に生まれました。本名エリック・ヒリアード・ネルソン。
父も母も人気スターでラジオ番組を持っていました。家族で出演するようになり本名のエリック→リッキーとなったのでしょう。50年代に入るとテレビ放送となりました。
50年代半ばロックンロールが過熱してエルヴィスが登場するとリッキーも歌手を目指します。
57年に「十代のロマンス/アイムウォーキン」でデビュー、これが両面とも全米の大ヒットとなりました。アイムウォーキンはファッツ・ドミノのカヴァーでした。そのファッツの所属しているインペリアルレコードに移籍、第一弾「ビーバップベイビー」が大ヒットで5位まで上がります。その後も「ストゥッドアップ」「ビリーブホワットユーセイ」等大ヒットとなり58年8月に「プアリトルフール」がついに1位を獲得します。甘い声で当時のロックスターの中でも歌唱力はピカイチだと私は思います。
彼の全盛時代は62年位まででしょうか。この時期までの特に大きなヒットは「ロンサムタウン」「イッツレイト」「お前一人が」「ジャストアリトルトゥーマッチ」「スィーターザンユー」「トラベリングマン」「ハローメリールー」「ヤングワールド」「ティーンエイジアイドル」「恋のアイドル」と相当数あります。とにかく両面ヒットも多くエルヴィスに匹敵しますね。
63年あたりになるとやはりヒットは小粒になります。
デッカレコードに移籍、「フールズラッシュイン」そして名曲「フォーユー」が大きなヒットになっています。彼のオールディーズの時代はここいらで終了ですがカントリー音楽に戻り72年「思い出のガーデンパーティー」が6位まで上がる大ヒットを記録しています。
リッキーは早くから映画にも出演、ジョン・ウェイン主演「リオブラボー」は有名ですね。
デビュー当初からギタリストとしても素晴らしくバンドの中でボーカルとリズムギターを担当していました。やはり当時のロックスターはギターも上手いものです。
時は進み85年の大晦日、彼はツアー移動のために飛行機を使いました。スタッフ達と一緒に乗ったのですがテキサスで墜落、帰らぬ人になりました。まだ45歳の若さでした。
さて61年に発表した「リックイズ21」というアルバムの解説にリッキーからリックに名前を変更した旨が記述されています。いかにも少年のニックネーム、「リッキー」はもういいやと改めたそうです。
彼は全盛時にすでに50曲以上をヒットチャートに送り込んでいます。
日本では「ヤングワールド」が一番知られていたかもしれません。
大筋はロッカバラード歌手でしたがカントリーの味わいも持ちデビュー当初はロックンロールも歌えパット・ブーン同様に白人家庭に安心してワイルドなロックをやわらげて提供する役割も担っていたかもしれないなと思います。
リッキー・・・リック・ネルソン。この人もキングオブロックンロールの一人であると私は思っております。少年期から青年時代をロックンロールの世界に捧げた大スター、超ハンサムマンでした。グルーヴィンでは全盛期の大半のヒット曲をアナログレコードでお聴き頂けますのでじっくり味わって下さいね。またどうぞCDやダウンロードにて音源を購入され、そのまろやかな歌声をお楽しみ下さい。