[PR]
春がいっぱい GROOVIN’
●もうすぐお花見です。
ついこの間、お正月だと思っていたらもうこの季節。
2015桜の開花ですが今年は例年より早めになったようです。
私は知らなかったのですが「開花」とは花が5,6輪咲いた状態との事らしいです。
「満開」は8割程度咲いた状態で開花から満開までは1週間近くかかるそうです。
東京に住む私達も3月末から4月の前半までは美しいその姿を愛でる事が出来ますね。
例年この時期は靖国通りに面したグルーヴィンも初めてご来店のお客様がドアを開ける事が多いです。
夜桜見物の後、「少し歩こうよ」という方やちょっと「2次会しよう」という流れでいらっしゃるのでしょう。また送別会、歓迎会も多いため「もう少し飲もうじゃん」という気分も高まるのでしょう。
バーは基本的にご常連で賑わうものですがこのブログを読んで、まだ当店にお入りになった事がない方、どうぞお気軽にドアをオープンして下さい。
最近では「敷居が低い」バーという事で若いサラリーマンさんやOLさんにご来店頂けるようになってきました。落着いたショットバーというよりオールディーズロックンロールバーという形式でけっこう賑やかですからなんの気がねもいりません。
お一人で「どっか面白い店ないかな・・・」とかカップルで「デートの最後に飲みなおしたいな・・・」なんて方々も是非一度ご来店下さい。
●「ギターで歌って遊ぼうよ。オールディーズポップス」
その3 「恋の片道切符」 簡単に楽しみましょう。
この新コーナーいかがでしょう。前回・前々回のビートルズ「オールマイラビング」はちょっと特殊な右手のコードストロークもありギターを初めて弾く方には分かり辛い曲であったかも。
2曲目は米国ロックンローラー・エンターテイナーのニール・セダカが1959年(昭和34年)日本で大ヒットさせた「恋の片道切符」です。
「オールマイ・・・」と違って分かりやすいので少しギター経験のある方ならすぐ覚えてしまうでしょう。
今回も映像ご参考頂けましたら嬉しいです。
「恋の片道切符」
ニール・セダカ
イントロ
Am9
Am
Choo, choo train chuggin' down the track
Dm
Gotta travel on, never comin' back
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
Am
Bye, bye love my baby's leavin' me
Dm
Now lonely teardrops are all that I can see
E 7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
G C
I'm gonna take a trip to lonesome town
E7 Am
Gonna stay at heartbreak hotel
E7 Am
A fool such as I there never was
E7
I cried a tear so well
Am
Choo, choo train chuggin' down the track
Dm
Gotta travel on, never comin' back
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
ギターソロ
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
G C
I'm gonna take a trip to lonesome town
E7 Am
Gonna stay at heartbreak hotel
E7 Am
A fool such as I there never was
E7
I cried a tear so well
Am
Choo, choo train chuggin' down the track
Dm
Gotta travel on, never comin' back
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
●ロックンロールよもやま話 -その46-
「子供の頃、そして10代・20代の思い出 加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ」
チャーリーの奴、仕事が忙しいの、送別会の幹事が大変だの言いやがって今回はお前が書けと言っております。どうせ書くネタが尽きたのだろうと思います。ケッ、ど素人め。
そんな訳で今回は私、平子が再び登場致しますです。
子供の頃、昭和40年代の初期は日本では空前のエレキブーム。お掃除のほうきをかき鳴らしてエレキ、煎餅の空き缶を割り箸で叩きドラム!いやあ楽しかったな。
以前カキコしましたがテケテケのエレキブームからビートルズ等のブリティッシュ勢の大躍進がごちゃ混ぜになり日本のGSブームが沸騰したのかもしれません。
またそのブームの少し前に加山雄三や荒木一郎がシンガーソングライターとしてヒット曲を連発、寺内タケシが大活躍していたのは子供ながら理解しておりました。
さてワンズの思い出なのですがGSブーム初期、昭和41年後半「想い出の渚」が大ヒットしました。今でも使われる言葉「湘南サウンド」の代表曲となりました。
小学生の私、彼等の演奏をテレビで拝見しておりました。
「青空のある限り」(4枚目のシングル)ではドラムの植田さんが豪快プレイしながらのボーカルでハスキーかつパワフルに唄いこなしていました。(やや上目使いで・・・)子供ながらにカッコいいなと思っておりました。
「愛するアニタ」(5枚目のシングル)は曲のラストでベースの島さんが絶叫する「アニター~ッ」が演劇を見るように鮮烈でした。
時は進み70年代中盤から後半、当時十代の私はギターにも興味がありましたが当然オールディーズのロックンロールそして日本のグループサウンズのレコード収集に夢中でかなりの時間をついやしました。
大好きなワンズ他GSの主要なシングル盤は70年代当時の数寄屋橋にあった古レコードショップ「ハンター」で買いあさり、そこでなければ神保町の古レコード屋さんで探すという常軌を逸した少年時代~青春時代でした。ハハハ!
ワンズはGSの衰退後、解散していましたが80年代初期に本格的に再活動を始めていて、一年に一度程度、夏が近くなるとLPを発表していたと思います。
再活動後のシングル発表曲では「白い水平線」という曲が特に大好きでした。
いかにも湘南サウンドの猛者ワイルドワンズと言う感じの曲でリーダー加瀬邦彦さんが弾く12弦のリードギターは夏の海や浜辺が目に浮かびセンチメンタルで印象的でした。当時20代の初めであった私は夏になるとワンズのコンサートを聴きに東京・中野サンプラザに行っていたと記憶しています。
ワンズは68年「バラの恋人」(6枚目のシングル)を発表する前、フルート・キーボード担当で十代の渡辺茂樹さんを新加入させております。当時テレビを見ていたらある番組で渡辺さんの小さな妹さんが出ていて「お兄ちゃんが大好きだけどワイルドワンズは嫌い!」と言っていたのを思いだします。
司会者が「エッ、何故なの」と幼い妹さんに聞くと「前は遊んでくれたのにワンズに入ってから遊ぶ事が出来なくなっちゃの・・・」
確かこのようなやり取りでした。
(渡辺さんは残念ながら2014年3月にこの世を去りました。)
このブログでは時おりオールディーズの話題から離れてGSや当時の和製ポップスの書き込みも出てまいります。どちらにしても日本の音楽シーンがいかに50年代から60年代の洋楽に強く影響を受けていたかが私には強く感じられます。現在のJポップもオールディーズの音楽がなければ存在しなかったであろうと思います。
湘南のビーチボーイズという感じもするワイルドワンズ。(いやBB5よりもっと明るいイメージかな。再活動時のライブでは「ファン・ファン・ファン」等米国のサーフィンサウンドをよく演奏してくれました。楽しかったな・・・)
全盛時のヒットシングルも多く他にも「夕陽と共に」「花のヤングタウン」「青い果実」等・・・
今でも現役で演奏活動をしているのは50代の自分にとってとても励みになります。
永遠の湘南サウンドの盟主、加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ
本日の書き込みはグルーヴィン平子が担当致しました。
ついこの間、お正月だと思っていたらもうこの季節。
2015桜の開花ですが今年は例年より早めになったようです。
私は知らなかったのですが「開花」とは花が5,6輪咲いた状態との事らしいです。
「満開」は8割程度咲いた状態で開花から満開までは1週間近くかかるそうです。
東京に住む私達も3月末から4月の前半までは美しいその姿を愛でる事が出来ますね。
例年この時期は靖国通りに面したグルーヴィンも初めてご来店のお客様がドアを開ける事が多いです。
夜桜見物の後、「少し歩こうよ」という方やちょっと「2次会しよう」という流れでいらっしゃるのでしょう。また送別会、歓迎会も多いため「もう少し飲もうじゃん」という気分も高まるのでしょう。
バーは基本的にご常連で賑わうものですがこのブログを読んで、まだ当店にお入りになった事がない方、どうぞお気軽にドアをオープンして下さい。
最近では「敷居が低い」バーという事で若いサラリーマンさんやOLさんにご来店頂けるようになってきました。落着いたショットバーというよりオールディーズロックンロールバーという形式でけっこう賑やかですからなんの気がねもいりません。
お一人で「どっか面白い店ないかな・・・」とかカップルで「デートの最後に飲みなおしたいな・・・」なんて方々も是非一度ご来店下さい。
●「ギターで歌って遊ぼうよ。オールディーズポップス」
その3 「恋の片道切符」 簡単に楽しみましょう。
この新コーナーいかがでしょう。前回・前々回のビートルズ「オールマイラビング」はちょっと特殊な右手のコードストロークもありギターを初めて弾く方には分かり辛い曲であったかも。
2曲目は米国ロックンローラー・エンターテイナーのニール・セダカが1959年(昭和34年)日本で大ヒットさせた「恋の片道切符」です。
「オールマイ・・・」と違って分かりやすいので少しギター経験のある方ならすぐ覚えてしまうでしょう。
今回も映像ご参考頂けましたら嬉しいです。
「恋の片道切符」
ニール・セダカ
イントロ
Am9
Am
Choo, choo train chuggin' down the track
Dm
Gotta travel on, never comin' back
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
Am
Bye, bye love my baby's leavin' me
Dm
Now lonely teardrops are all that I can see
E 7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
G C
I'm gonna take a trip to lonesome town
E7 Am
Gonna stay at heartbreak hotel
E7 Am
A fool such as I there never was
E7
I cried a tear so well
Am
Choo, choo train chuggin' down the track
Dm
Gotta travel on, never comin' back
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
ギターソロ
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
G C
I'm gonna take a trip to lonesome town
E7 Am
Gonna stay at heartbreak hotel
E7 Am
A fool such as I there never was
E7
I cried a tear so well
Am
Choo, choo train chuggin' down the track
Dm
Gotta travel on, never comin' back
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
E7 Am
Oh, oh got a one way ticket to the blues
●ロックンロールよもやま話 -その46-
「子供の頃、そして10代・20代の思い出 加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ」
チャーリーの奴、仕事が忙しいの、送別会の幹事が大変だの言いやがって今回はお前が書けと言っております。どうせ書くネタが尽きたのだろうと思います。ケッ、ど素人め。
そんな訳で今回は私、平子が再び登場致しますです。
子供の頃、昭和40年代の初期は日本では空前のエレキブーム。お掃除のほうきをかき鳴らしてエレキ、煎餅の空き缶を割り箸で叩きドラム!いやあ楽しかったな。
以前カキコしましたがテケテケのエレキブームからビートルズ等のブリティッシュ勢の大躍進がごちゃ混ぜになり日本のGSブームが沸騰したのかもしれません。
またそのブームの少し前に加山雄三や荒木一郎がシンガーソングライターとしてヒット曲を連発、寺内タケシが大活躍していたのは子供ながら理解しておりました。
さてワンズの思い出なのですがGSブーム初期、昭和41年後半「想い出の渚」が大ヒットしました。今でも使われる言葉「湘南サウンド」の代表曲となりました。
小学生の私、彼等の演奏をテレビで拝見しておりました。
「青空のある限り」(4枚目のシングル)ではドラムの植田さんが豪快プレイしながらのボーカルでハスキーかつパワフルに唄いこなしていました。(やや上目使いで・・・)子供ながらにカッコいいなと思っておりました。
「愛するアニタ」(5枚目のシングル)は曲のラストでベースの島さんが絶叫する「アニター~ッ」が演劇を見るように鮮烈でした。
時は進み70年代中盤から後半、当時十代の私はギターにも興味がありましたが当然オールディーズのロックンロールそして日本のグループサウンズのレコード収集に夢中でかなりの時間をついやしました。
大好きなワンズ他GSの主要なシングル盤は70年代当時の数寄屋橋にあった古レコードショップ「ハンター」で買いあさり、そこでなければ神保町の古レコード屋さんで探すという常軌を逸した少年時代~青春時代でした。ハハハ!
ワンズはGSの衰退後、解散していましたが80年代初期に本格的に再活動を始めていて、一年に一度程度、夏が近くなるとLPを発表していたと思います。
再活動後のシングル発表曲では「白い水平線」という曲が特に大好きでした。
いかにも湘南サウンドの猛者ワイルドワンズと言う感じの曲でリーダー加瀬邦彦さんが弾く12弦のリードギターは夏の海や浜辺が目に浮かびセンチメンタルで印象的でした。当時20代の初めであった私は夏になるとワンズのコンサートを聴きに東京・中野サンプラザに行っていたと記憶しています。
ワンズは68年「バラの恋人」(6枚目のシングル)を発表する前、フルート・キーボード担当で十代の渡辺茂樹さんを新加入させております。当時テレビを見ていたらある番組で渡辺さんの小さな妹さんが出ていて「お兄ちゃんが大好きだけどワイルドワンズは嫌い!」と言っていたのを思いだします。
司会者が「エッ、何故なの」と幼い妹さんに聞くと「前は遊んでくれたのにワンズに入ってから遊ぶ事が出来なくなっちゃの・・・」
確かこのようなやり取りでした。
(渡辺さんは残念ながら2014年3月にこの世を去りました。)
このブログでは時おりオールディーズの話題から離れてGSや当時の和製ポップスの書き込みも出てまいります。どちらにしても日本の音楽シーンがいかに50年代から60年代の洋楽に強く影響を受けていたかが私には強く感じられます。現在のJポップもオールディーズの音楽がなければ存在しなかったであろうと思います。
湘南のビーチボーイズという感じもするワイルドワンズ。(いやBB5よりもっと明るいイメージかな。再活動時のライブでは「ファン・ファン・ファン」等米国のサーフィンサウンドをよく演奏してくれました。楽しかったな・・・)
全盛時のヒットシングルも多く他にも「夕陽と共に」「花のヤングタウン」「青い果実」等・・・
今でも現役で演奏活動をしているのは50代の自分にとってとても励みになります。
永遠の湘南サウンドの盟主、加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ
本日の書き込みはグルーヴィン平子が担当致しました。
PR
- トラックバックURLはこちら