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Groovin'

東京は神田神保町のオールディーズバーです。アナログレコードを中心に涙なしには語れないBGMと美味しい洋酒。エレキギターを弾いたり歌ったり。 お気軽にドアを開けて下さいね。
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  • 08/17/06:06


3月の営業のご連絡

春ですね。いやあ3月といっても中盤くらいまでは寒さが残りますけど。
でも大分気温も緩んできたような気もします。
遅くなりましたが3月の営業予定(お休み等)のご連絡です。

●3月の営業について
3月の休日は以下のとおりです。

3月 1日(日)
3月 8日(日)
3月15日(日)
3月22日(日)
3月29日(日)
上記日曜日です。
※なお、21日(土)春分の日は通常営業です。ご来店お待ちしております。

早春3月は計26日間の営業です。張り切っていきますよぉ!

●今年はロック60年
全世界的に1955年(昭和30年)はロックンロール人気が爆発した年です。
2015年はちょうど60年です。グルーヴィンでは春以後に数々のイベントを考えています。

初期のロックンロールスター達の歴史的音源をBGMで流してルーツを探訪したり・・・
また久々にオープン初年度に行った1955年から65年位までの歴史を飾った名曲集をグレードアップしてBGMとしておかけしようと思っています。
途中10月はオープン3周年企画も考えておりますのでどうぞお楽しみになさって下さいね。

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最近のグルーヴィン

最近はオールディーズにお詳しいお客様がよくご来店されるようになりました。
バタッとドアが開くと「いやあ、ネットで検索したんだよ。ハハハ!」とおしゃっる方もおいでで「こんな曲あるかな、学生の頃ラジオで聴いて大好きだったんだけど」

LPやCDからその曲を探し出し曲をかけますと「うわーっ、50年ぶりに聴く事が出来た!」と御礼を頂戴したり「えーっ、この曲がここで聴けるの!」と興奮される方も。

グルーヴィンではご入場に際しチャージ1,000円を頂戴しております。ご負担をおかけし申し訳ございません。
しかし今後も音楽ファンの皆様に喜んで頂けます様音源の充実に一部充当していければいいなと考えております。

2015年の今年はロックミュージック60年という事を聞きます。
グルーヴィンにご来店されるお若い方々にも歴史に残る名曲をお楽しみ頂ければこの上ない幸せです。
また同時にギターで歌ったりも出来ますしギターの練習も出来るいっぷう変わったバーです。
ご遠慮なさらずお申し出下さいね。すぐにアンプとギターをご準備しますよ。

昨今のIT知識に疎くアナログな私が営業を行っている妙なオールディーズロックバーですがどうぞお仕事等でお疲れの心と身体を洋酒とBGMで和ませて頂ければと存じます。
皆様のご来店を心よりお待ち申し上げます。


●ロックンロールよもやま話    -その43-

       「史上最大のヒット曲  キングオブツイスト チャビー・チェッカー」
                                ご案内:チャーリー冷奴


60年代初期に今でいうクラブで絶大な人気のあったダンス「ツイスト」
ツイストは全世界の若者だけでなく大人・子供までとりこにしてしまいました。
日本でもスリーファンキーズが「でさのよツイスト」なんて歌ったり小林旭が「アキラでツイスト」とか。
ジャンニ・モランディー「サンライトツイスト」が日本でも大ヒットしました。デジレジーレバイ・・・!

さて今回の主役はその中でもダントツの人気を博したスーパースターのチャビー・チェッカーです。

1941年米国フィラデルフィア出身。本名はアーネスト・エバンス。

歌が得意の彼、高校時代に肉屋の店先で客集めのためにライブをするというアルバイトをしていたそうです。その時の肉屋の主人が「こいついいんじゃないか」という事で知合いのカメオパークウェイレコードのカール・マンを紹介したそうです。
芸名の由来は友人たちが太っていた彼をチャビー(でぶ)と呼んでいたからだそうです。
またファッツ・ドミノをアイドルにしていたので同じゲームのチェッカーでどうだという洒落のようです。
(上記エピソードは76年発売のLP「チャビー・チェッカー・グレイテスト・ヒッツ」のライナーノーツ桜井ユタカさんの記述を参考に致しました。)

さて1959年デビューシングルB面「ザ・クラース」がヒットチャートに登場します。
(38位。)
素晴らしいデビューを飾ったチャビー。
何故かしばらく間を置いてセカンドシングル「ザ・ツイスト」を翌年60年に発表します。

8月1日に49位で初登場、この時にすでに大ヒットが確実となりました。

9月19日に王者エルヴィスの名作「イッツナウオアネヴァー」を追い抜き1位になります。何しろエルヴィスのこの曲が凄まじい売れ方で追い抜きに時間がかかりすぎたのか2週間トップを守った後コニー・フランシス「マイハート」にトップを譲ります。
しかし2作目にして全米のアイドルになった彼、その後も「ザ・ハックルバック」「ポニータイム」「レッツツイストアゲイン」等ダンスミュージックで突っ走ります。

さて翌年の61年後半テレビで「ザ・ツイスト」を歌うと強い反響がありカメオパークウェイレコードでは再発売を決定しました。
思惑は当たり11月13日に55位に初登場しました。(再登場かな・・・)
この時彼は「ザ・フライ」という曲を大ヒットさせている最中です。

あれよあれよでベスト10内に入り62年1月13日にトーケンズ「ライオンは寝ている」を叩き落とし2週連続で第1位を守ります。次の週に2位となりましたがこの時はジョイ・ディーとスターライターズ「ペパーミントツイスト」に追い抜かれたからです。
結局「ザ・ツイスト」は3月までベスト10内に残るメガヒットとなりました。
驚いた事になんと同じ曲が違う年に2回トップを飾ったのです。
ここにポップミュージック史上最大のヒット曲が誕生したのです。

その後も「ダンシンパーティー」「スロウツイスティン」等大ヒットを重ね60年代を代表するビッグアーティストとなりました。

70代となった今も相当元気でコンサートの予定がびっしりと埋まっています。なんて嬉しい事でしょう。
さて最近新聞でこんなニュースが掲載されていました。
男性の大事な部分の寸法を計測するアプリがあり、それが「チャビー・チェッカー」と名づけられている事を知り彼が裁判を起こしたとの事です。ハハハ!いや~。

60年代初頭、彼が所属したカメオパークウェイレコードではダンスサウンドを多く取り上げ大人気を博しました。白人アイドル、ボビー・ライデルも所属していてこちらもツイストサウンドを多く取り上げています。チャビーと2枚看板であったわけです。ボビーの話題はまた次回にとっておきますね。

チャビーが成し遂げた歴史に残るメガヒットの記録は今後も破られる事はないだろうと考えます。
なおグルーヴィンでは平子が高校時代に購入したLP「チャビー・チェッカー・グレイテスト・ヒッツ」が保管されておりアナログでお楽しみ頂けます。リクエストされツイストを踊ってごらんになられたらどうでしょう。お仕事のストレスもきっと若きチャビーが吹っ飛ばしてくれるでしょう。
本日もチャーリー冷奴が担当致しました。

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バーのおつまみ

バーと言ってもいろんなスタイルのバーがありますね。
ビールやワインに重きをおいた店舗はフード類も実に充実しています。パスタやサラダ、お肉、魚、揚げ物等。
日本酒バーはやはり居酒屋さんに負けてないようなお料理を出すように工夫をしています。
また缶詰バーも人気でありますし酒屋さんが夕方から立ち飲みで乾き物を中心にスタンディングバーを営業したり・・・いやあいろいろあってバーは楽しいな。

さてさてショットバーは各々の店舗でいろいろです。
マスターによっては手作りピザや焼きそば、カレーを出したり、まったく反対にすべて乾き物のみでお煎餅・チョコ・豆類のみの店舗もあります。
さてオールディーズバーである我がグルーヴィンはやはり基本乾き物です。気まぐれに私がピクルス、レーズンバター、場合によってはチーズトーストくらいならお出しする事もあります。もっとも最近の一番人気はオイルサーディンの缶詰です。
洋酒、特にウイスキーは本当に乾き物のおつまみがよく合いますね。甘い麦チョコやドライフルーツなんかぴったりです。

そういえば最近私がオキニのテレビ番組で「ヨルタモリ」を録画して休みによく見るのです。
東京・湯島のバー「ホワイトレインボー」でマスターが宮沢りえさん。そこに毎回人気のゲストがお客様でやってくるのですが必ずタモリさん扮する変なおじさんがお客様で来店する。笑ってしまったのは彼が岩手のジャズバーの店主、吉原さんに扮し勝手に店の厨房に入り、焼き魚の鯖とレタスにマヨネーズと醤油のドレッシングを塗りトーストにはさむ「サバサンド」を調理して皆に振舞うのですがその時に一言「このバーは何もないからな~」
こりゃ本当に腹をかかえて笑ってしまいました。確かにホワイトレインボーはそういうお店なのでしょう。乾き物の豆類が瓶詰めに入っているのが画面で見えますし。
でもいかにも昔からのショットバーという感じが出ています。

自分がバーを始める前にフード類をどの程度用意するのか本当に迷いましたが実際グルーヴィンを始めてみてあまり重いものは必要ないなと痛感しました。主役がウイスキー等の洋酒である事がよく分かりました。
さて最後に現在当店でお出ししているおつまみ等下記に表記致しました。
お酒のお供にどうぞお召し上がり下さいね。

    
ポップコーン
     ミックスナッツ
     ジャイアントコーン
     ドライフルーツ
     ビーフジャーキー
     ポッキー
 
上記すべて400円

    
オイルサーディン缶 700円(マヨネーズ、からしドレッシング)
また気まぐれに簡単に調理したものをお出しする時もございますので都度店内張り紙をご参考下さいね。

●ロックンロールよもやま話  -その42-
「もっともっとビッグになれたはずなのに・・・スィンギングブルージーンズ」
                                ご案内:チャーリー冷奴

リバプールサウンド。昭和40年前後によく日本で流行った言葉です。
米国でのビートルズ人気大爆発以後沢山の英国バンドが米国ヒットチャートにひしめき合い60年代を飾りその後のロック時代への変化を大きく促しました。
ハードロックもこの連中がいなければどんな風になっていたのでしょう。

60年代初頭、英国の都市圏の今でいうライブハウスでアメリカンロックンロール、ブルース等を演奏するバンドが相当腕を競いあったそうです。
当時ビートルズ、ストーンズもその中にいたわけですがその二つのグループ以外でその後のロック、ポップスの歴史に残ったバンドというと・・・
ホリーズ、ハーマンズハーミッツ、デーブクラーク5、サーチャーズ、ピーター&ゴードン、マンフレッドマン、キンクス・・・
いやいや凄いですね。この連中よりややヒットシングルは少なめですがジェリー&ペースメイカーズ、ビリーJクレーマー&ダコタス、フレディ&ドリーマーズ等もいました。

さてその中でも実力抜群なのに私から見ると本当にわりを喰ってしまったようなバンド・・・
本日の主役はスィンギングブルージーンズです。



 



グループの歴史は古くスタートは50年代中盤頃のようです。
スキッフルミュージックから始まり60年代初頭にはオリジナルメンバーが揃い修行?を重ねます。
バンド名も「スィンギングブルージーンズ」と改めて・・・
63年「イッツトゥーレイトナウ」でデビュー、まずは英国ヒットチャートの30位とまずまずのスタート!
2枚目の「ドゥユーノウ」は残念ですが話題にはならなかったようです。
3枚目に選ばれたのは米国ロックンローラー、チャン・ロメロの59年のスマッシュヒット「ヒッピーヒッピーシェイク」でした。
チャン・ロメロのオリジナルに準じた演奏に彼らの若く躍動したノリがプラスされ魅力的です。実にかっこ良くワイルドに決めております。途中のギターソロは歴史に残る名演でしょう。
この曲は見事に当たり2位を記録します。(米国でも24位まで上がるヒットになりました。)
イケイケで次のシングルはリトル・リチャードのカヴァーで「グッドゴーリーミスモーリー」。これも英国11位と快調、この後ベティ・エベレットのカヴァーで「悪いあなた」が大ヒットで3位となりました。70年代リンダ・ロンシュタットのカヴァーをご存知の方も多いでしょう。ロックンロールからバラードにイメージを変えても大成功であります。この時期がこのバンドの絶頂期でしょう。

ところが・・・びっくりした事にこの後がまったく続きません。シングルを発表するものの何故か話題にならない。
私、チャーリーと平子もこの理由はまったくわかりません。
やはりサウンドがその後のロックシーンの微妙な変化に対応していなかったのか。いやいやそんなはずはない。楽曲は実に素晴らしいのです。うーん・・・。
時代はやや流れ66年初頭に出したシングルがディオンヌ・ワーウィックのカヴァー「ドントメークミーオーヴァー」。本当に素晴らしい出来で切ないロッカバラードに仕上がっていました。これが久々にヒットし31位となったそうです。
この曲、私も大好きなのですが64年あたりならもっともっとヒットしていたようなタイプの曲かな~
この後はシングルを出してもヒットに至る事はなくメンバーの変更を経ていつしか消えていった感じです。
ただ現在もグループは存続していてオリジナルメンバー以外で活動しているようです。
全盛期の彼らの演奏を聴くとマージービートのグループらしくエレキギターを中心としたアレンジで素晴らしい演奏能力を持ち、もっともっとビッグになれたのにと考えてしまい何故か切なくなってしまいます。グスッ(;_;
このバンドが他のバンドに負けているような感じは一切ないのですが・・・

60年代のこの時期に英国内で人気があってもヒットチャートに登場せず埋もれてしまった実力派のバンドも数多くあったでしょう。なかなかそういったバンドの録音を聴く機会もないのですが以前このよもやま話で書いた様にヒットチャートが全てではないと思います。ただし60年代当時はヒットチャート番組が大変人気でした。曲が売れていないと目立たないという図式が出来上がっていたように思います。

スィンギングブルージーンズは63~64年の短い期間でしたがそれでも当時のポピュラー音楽の世界にさん然と輝く事が出来ました。そしてその名声は現在でも衰える事はないはずです。ひょっとしたらその全盛期の演奏能力は同時期のビートルズ、ストーンズを凌いでいたかもしれません。
今度グルーヴィンにいらしたらどうぞ彼らの音源をリクエストして下さいね。
そしてその高い演奏能力、楽曲の出来の良さを称えて頂ければこちらも幸せです。もちろん美味しい洋酒と共に・・・

本日もチャーリー冷奴が担当致しました。

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2月の営業等について

さて厳しい寒さが続きます。
グルーヴィン、2月のお休みは以下のとおりです。

2月 1日(日)
2月11日(祝) ※2月8日(日)は営業致します。(夜8時から12時の予定)
2月15日(日)
2月22日(日)

2月は合計24日間の営業でございます。皆様のご来店お待ち申し上げます。

寒さに負けずがんばりますよぉ~!
春も近いです。


●ロックンロールよもやま話    -その41-
        「カヴァーですが何か! 英人気アイドル、マーティー・ワイルド」
                               ご案内:チャーリー冷奴

オールディーズの時代は米国産のヒット曲が中心となっていたと言っても過言ではないでしょう。
もちろん英国やフランス、イタリアそして日本にだってロックンロールのオリジナルの楽曲は沢山あります。
ただ当時は米国の歌手のヒットシングルを各国のアイドルスターがこぞってカヴァーを行う事が顕著にありました。
さて本日の主役は英国の人気ロックンローラーでしたマーティー・ワイルドです。

長身でしかもワイルドでクールな風貌、素晴らしい歌唱力で人気を博しました。
本名はレジナルド・レナード・スミスといい1939年の生まれ。

英国ではロック時代の前、スキッフルという音楽が流行していました。
彼もスキッフルバンドに加わりライブ活動をしていましたが注目されフィリップスレコードに入りロックンローラーとしてデビューします。バックにザ・ワイルドキャッツというバンドを従えます。

最初のシングルは以前このブログでご紹介した米国の大御所ジミー・ロジャースのビッグヒット「ハーニーコム」をカヴァーします。57年の事です。この曲はどうもヒットしなかったようです。

58年ジョディ・レイノルズのビッグヒット「エンドレススリープ」に挑戦、これが見事な大ヒットとなります。
その後もリッチー・ヴァレンスの「ドナ」、ディオンとベルモンツ「恋する十代」、フィル・フィリップス「シーオブラブ」、ボビー・ヴィー「恋のラバーボール」等をカヴァーして大ヒットさせていきます。

素晴らしいのは米国側オリジナル盤をそのまま模写するのではなく、かなりアレンジして自分のものにしている事かなと思います。

カヴァーヒットが中心であった彼ですが当時の英国ではそれは別に珍しい事ではないようでした。
(もちろんヒット作品の中には彼自身のオリジナルもありますが・・・)

人気絶頂の59年、なんと彼は結婚してしまうのですがこれにより絶大な人気に陰りが出てしまったようです。発表するシングルがだんだんベスト10内に入らなくなっていきます。

ヒット曲は小粒になり62年で英国ヒットチャートから姿を消していったようです。
結果、彼のチャート入りした楽曲は13曲程度と同時期に人気を博したライバル連中(クリフ・リチャード、ビリー・フューリー、アダム・フェイス等)に比べるとかなり少なめに感じられます。
それでも才能に恵まれていた彼はその後作曲家として活動します。
(話は少しそれますが80年代は長女キム・ワイルドが英国・米国で成功していますね。)

マーティーは70代の今も元気で、ライブでもかつてと変わらぬバイタリティと歌唱力を保っているようです。なんと素晴らしい事でしょう。
グルーヴィンではベスト盤CDにて彼の全盛時のヒット曲がお楽しみ頂けます。初めて聴かれる方も多いのではないでしょうか。

ビートルズ、ストーンズが世に出る前の英国で人気を博した多数のロックンローラー達。
マーティーはその中でもトップの人気を誇った特別な存在でありました。

マージービートのグループ等が登場してくると彼らの人気にも影響が出てきたのでしょう。
クリフ・リチャードを別にすれば一様に人気の維持が難しくなってしまったようです。
英国でも米国同様この時期63年・64年くらいがサウンドの転機になっているのでしょうか。


2015年の現在、私の考えで恐縮ですがロックバー、オールディーズバーは新しい世代に貴重なサウンド・歴史を継承していく役割があるような気がします。グルーヴィンのようなちっぽけな店でもそんな責任があるのではないでしょうか。これ、まんざらオーバーな話ではないと思うのですが皆さんはどんな風にお考えになりますでしょうか。
本日もチャーリー冷奴が担当致しました。

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ラムを使った炭酸カクテル

間もなく2月です。今年の冬もいよいよ寒さが極まってきます。
雪が降ればお客様も来店しづらくなりますし「ちょっとな~」の季節です。

私なんといっても夏が一番好きかな。この仕事を始める前の2012年5月にはグアムに旅行して真っ黒になっていたぐらいです。また夏場屋外プールで泳ぐのも大好きですし。これでもクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライとド下手ですが泳げるのですよ。
またなんでこんな季節はずれな事を書き込んでいるのかと言うと・・・
ハイ、今日はラムを使った炭酸カクテルを皆様にご紹介しようと思っているのです。

南国のお酒ラムですがスピリッツでそのまま飲むもよしです。冬場は身体も温まるでしょう。
でも相当強いアルコール度数ですのでなかなかそのままでは飲めない方も多いでしょう。
それならば、炭酸を利用したカクテルなら飲みやすくなりますよね。

ラムはジンジャエールを使ったカクテル「ボストンクーラー」がロングドリンクの傑作ですね。それ以外にどんなものがあるのでしょう。

今日ご紹介するのは以下の2品です。

①ノースサイドスペシャル
なんと素敵なネーミングでしょう。
ダークラムにオレンジジュース、レモンジュース等を加え炭酸で割ったものです。
甘みも以外と少なく大人のお酒です。

 
②パイナップルフィズ
ラムにパイナップルジュース、砂糖を少々加えじっくりとシェイクして炭酸を注ぎます。
それでも甘みも少なくキリッと爽快で美味しい。

 
上記2品は700円にてご提供させて頂きます。
暖かいグルーヴィンの店内でどうぞ寒さで凍った身体と心を癒して下さいね。


●ロックンロールよもやま話  -その40-

            「ヒットチャートでは語れないロックンロールキング」
                                ご案内:チャーリー冷奴

1955年はロックにとって意義のある年です。

チャック・ベリー、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノがリズムアンドブルースの世界だけでなくロックンロールのスターとなってその優れた楽曲で白人達も夢中にさせてしまったのです。
この年はプラターズも「オンリーユー」で人気を博し白人歌手パット・ブーンも黒人アーティストのカバー等で大きなヒットを出し始めました。もちろん前回このブログでご紹介したビル・ヘイリーの大活躍は絶大なものでした。
さてこの時期に米国で話題となったアーティストにボ・ディドリーがいます。

1928年生まれの彼、幼い時から楽器に親しみギターを持つようになります。
55年にシングル「ボ・ディドリー」がリズムアンドブルースチャートで第1位になります。この年は続いて「ディドリーダディ」「プリティシング」と立て続けてリズムアンドブルースチャートの上位にチャートインさせます。
四角形のボディの珍しいエレキギターを使用し独特のジャングルリズムを叩き出します。ワイルドで原始的なサウンドというかとにかくカッコいい。
ただ不思議な事にこの後もシングルを多数発表しますがなかなかヒットにはなっていないようです。


59年、久々に「アイムソーリー」がリズムアンドブルースチャートに登場、そして次の「クラッキンアップ」がようやく全米チャート入りする小ヒットとなりました。
次の「セイマン」は同チャートの20位までかけ上がりました。60年には名曲「ロードランナー」を同チャート75位にランクインさせました。


彼はその偉大な功績のわりにはヒットチャートとはかけ離れていたようです。全米チャートに登場したのは数曲でありリズムアンドブルースチャートでも10曲と名声のわりには少なめか。

しかしながらその後の米国、英国等のロックアーティストに深い影響を与えていました。
ジ・アニマルズは「ザ・ストーリーオブボディドリー」という楽曲を発表しています。
ボ・ディドリーの足跡をボーカルのエリック・バードンがそのジャングルビートに合わせ切々と語っていくという曲でした。

さて70年代以後も活発にレコーディングとライブ活動で人気を博していましたが2007年に病に倒れ2008年6月に亡くなりました。79歳でした。

彼はリトル・リチャード、チャック・ベリー等と同様にロックンロールの歴史をになったビッグネームでした。
どうしてもこのブログではヒット曲の多いアーティストが話題になってしまいますがロックはそれだけでは語れない事を痛感します。

不思議な幽玄の世界をかもし出すギターのリバーブ音を今から60年近くも前に使用していたのはびっくりです。

「ズン・チャカチャカチャカ・ズン・チャカチャン」という感じの独特のラテンリズムがドラムやマラカスでバックバンドが奏でると「おおっ!まさにボ・ディドリーじゃん」という感じです。
(恐らくその後のバディ・ホリーも相当影響を受けたのではと思っています。)

すでにこの世を去ったこの大スター。異国日本の東京の深夜のバーで自分の歴史的楽曲が流れ続けているのを知って天国で微笑んでくれているはずです。

本日もチャーリー冷奴が担当致しました。

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