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各種カクテル、お楽しみ下さいね!
「でも、せっかくバーに行くのだからもっと本格的なお店に行きたいな。」なんて思われる方もいらっしゃいますよね。
確かに高級感のあるオーセンティックなバーではないかも知れません。とにかく古くからある日本のショットバーというイメージではありませんね。
しかしながら当店では結構本格的カクテルメニューも多いのです。
メニューに記載してあるカクテルも約70種類ほど、また記載してなくてもリキュール等が揃えば提供可能なものもかなりございます。
マイタイやブルーハワイ等、季節でお出し出来るものもございますので相当お楽しみ頂けるはずと自負しております。ハハハ!
とにかくオーソドックスなカクテルはもちろん通常の店舗ではあまりないようなアイスクリームを使ったカクテルなんかも提供しておりますので「喰わず嫌い」の方もどうぞ一度当店のドアを開いてみて下さいね。是非是非お待ちしております。
●ロックンロールよもやま話 その19
「英国からアメリカへ、愉快な侵略者」
1964年(昭和39年)英国のビートルズがアメリカ進出に成功しました。
「抱きしめたい」が空前の大ヒットとなりました。
ビートルズの大成功の後、ストーンズやサーチャーズ、デイブクラークファイブ、アニマルズ、キンクス等もアメリカで大きなヒットを飛ばすようになりました。
当時、日本では単純にリヴァプールサウンドと言っていたような気がします。アメリカではブリティッシュインヴェンションと言っていたようです。「英国の侵略」でしょうか。
ビートルズやストーンズはその後のロックミュージックを形成して行く名曲・名盤を発表し続け、アニマルズなどはボーカルのエリック・バートンのワイルドでソウルフルなボーカルでブルースロックの魅力を広げて行きましたね。
さてそんな中に咲いた実に微笑ましいバンドのお話しをしたいなと思いました。
フレディ&ドリーマーズです。
このバンドのボーカルはフレディ・ギャリティという青年で本国英国で脚光を浴びたのが1963年あたりですので当時で彼は27歳でした。
このバンド、実にコミカルで演奏しながら激しく楽しいアクションを沢山入れるのです。以前このブログで70年代に英国で人気を得たルベッツの話題を取り上げました。彼らも演奏しながら楽しいアクションを入れるのですがその大先輩がこのドリーマーズでした。
ユーチューブでまずは当時の彼らをご覧頂きましょう。
1963年の大ヒット曲「好きなんだ」
(アメリカでは1965年に第1位に輝きました。)
うーん、これは最高に面白い。また楽曲が素晴らしいな。胸キュンです。
昭和40年代初期、日本の人気コメディアン、コント55号の欽ちゃんがこの飛び上がって両足を前後に開脚するポーズをしていたような・・・
フレディ達のこの曲は65年にアメリカで脚光を浴びたのですが、ひょっとしてコント55号が彼らの影響を受けたのかも知れません。(私の思い込みですかね。)
さてフレディを始めとして全メンバーはどう見てもアイドル性はないでしょう。しかしながら英国ではその後も数曲のヒット曲を放ち65年くらいまではお茶の間の人気者でした。(英国でもお茶の間でしょうか・・・)
近年まで活躍をしていたらしいのですが大変残念な事に2006年にフレディが病でこの世を去りました。
フレディ達は60年代中盤から後半の激しく変わり行くロック音楽界をリードするようなタイプではありませんでしたが、こんなに素敵で楽しいバンドがあった事を皆さんに是非お話ししたかったのです。
活躍期間は短かったようですが英米両国でそのタレント性で大人気を博した彼ら。
これから永久に語り告がれるであろう歴史的なビートルズやストーンズ達とは比べられませんがコミカルでありながらも実にセンチメンタルなサウンドには何か胸を熱くさせられます。
グルーヴィンにおいでになったら是非彼らの楽曲を聞いてみて下さいね。
私はこのバンド・・・大好きなんだ! (*^。^*)
7月の営業について
日曜祝日以外はすべて通常営業です。(夜8時オープン、朝4時30分クローズ)
本格的な夏も近いですね。
冷たいお酒でストレスを解消して下さいね。
◎7月の休日は以下のとおりです。
6日(日)
13日(日)
20日(日)
21日(祝)
27日(日)
●ロックンロールよもやま話 その18
-思い出のギタリスト達-
世界3大ギタリストという言葉があるそうです。
エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック。
3人とも60年代中盤から後半にイギリスのロックグループ「ヤードバーズ」に年度の差はあるものの在籍していたわけです。もちろん一緒に活動していたらギターだらけになってしまいますね。ハハハ!
さてそれより以前のロックンロール時代のギタリストのお話でもしましょうね。これは私が好きな思い出のギタリストという意味のお話という事で・・・
・チャック・ベリー
50年代ロックギターというとこの人であろうと思います。(スピーディーなギターソロをほとんどダウンピッキングで弾いていたそうです。)
初来日の昭和56年、渋谷公会堂でのライブステージを見れたのは幸せでした。
日本人ピアニストがステージに遅刻してしまい到着するまでの時間インストロメンタルのナンバーをしてみますと客席に伝えるとやんやの喝采を浴びてコンサートがスタート。
その後、汗水たらしたピアニストがようやくステージに到着すると笑いながらチャックは日本語でこう言いました。「ダメネエ~」
いやこれ本当の話。
吟遊詩人でもあり名作「ロール・オーヴァー・ベートーベン」ではベートーベンなんかやっつけろ、チャイコフスキーにも教えてやれよなんて歌詞も出てまいります。ハハハ!
本当にワンマンのようでバブルの時代に存在したライブハウス、エムザ有明でのライブ本番直前のリハーサルが延びてしまい開場時間を30分以上も遅らせ満員の来場客を外に何十分も待たせておりました。その列の中に私もおりましたが・・・
なお、この時の競演はなんと「踊りに行こうよ」のダニー&ジュニアーズでした。ヒエーッ!
ローリングストーン誌史上最高のギタリストランキング第7位です。
・ディック・デイル
サウスポーの彼、ぶったまげた事に右利きの通常のギターをそのままひっくり返してギターを習得したのです。ようするにギターの弦の順番が逆さに張ってある状態です。
さて私は90年代に渋谷のオンエアイーストでディックのライブを見る事が出来ました。
豪快にトレモロをかき鳴らし「ミザルー」「ハバナギラ」と一連のサーフナンバーを熱演しておりました。なお競演した日本のグループはサーフコースターズでした。
60年代初頭ディック・デイル&デルトーンズで人気を博し歌もうまくサーフィンサウンド時代のカリスマという感じでしょうか。
彼の事をアイドルとしていたファンの中にあのジミ・ヘンドリックスがいたそうです。
なお以前出ていたLPレコードのライナーノーツによるとかつて余命数ヶ月の胃がんを克服してステージに復活し現在も活動をしているようです。凄いですね。
ローリングストーン誌史上最高のギタリストランキング第31位です。
・ボー・ウィンバーグ(ザ・スプートニクス)
スペースサウンドで60年代中盤に世界中で人気を博したザ・スプートニクス。
アメリカのヴェンチャーズ、イギリスのシャドウズとともに世界3大エレキバンドと言うそうです。彼らはスウェーデンのバンドです。
「霧のカレリア」「空の終列車」等ヒットも多く、日本では「涙のギター」等が有名ですね。
リードギターはボー・ウィンバーグ。
哀愁をおびたサウンドが中心でロシア民謡も取り上げております。
私は80年代に東京虎ノ門ホールでのコンサートを見ることが出来ました。
そのコンサートですが「ザ・スプートニクスのテーマ」から始まり「霧のカレリア」「空の終列車」「ジャニーギター」といった彼らのヒット曲を網羅したものでした。彼らのレパートリーはゆったりとしたサウンドも多いのですが「夢のオレンジ号」という曲ではカントリー調の超早彈きも聴かせその卓越したボー・ウィンバーグのテクニックはヴェンチャーズのノーキー・エドワーズ、シャドウズのハンク・マーヴィンにもまったく負けていません。
さてさて50年以上も前に全盛期をむかえていた彼らに対してよくその後のロックギタリストに比べテクニックがないとかやっている事が簡単だからという意見を耳にします。
果たしてそうでしょうか。
彼らのレコード演奏を針が擦り切れるほど聴いてコピーをして学んだのが現在一流となっているギタリスト達なのです。
私は昭和の日本にいながらポピュラー音楽の歴史に残る達人の演奏を生で見る事が出来て本当に幸せでした。
さてあなたはどんなミュージシャンの演奏を見て感動しましたでしょうか。そんな思い出をグルーヴィンで熱く語ってくれませんか。
世界のビール、お楽しみ下さい。
なんか急に夏めいてきましたね。梅雨を前にしたこの時期は本当に初夏という言葉が口に出てしまいます。
さて昨年の夏場から当店が力を入れております世界のビールをご紹介しますね。
1. ハイネケン(オランダ)
2. バドワイザー(アメリカ)
3. ギネスエクストラスタウト(イギリス)
4. コロナ(メキシコ)
5. ヒューガルデンホワイト(ベルギー)
6. ピルスナーウルケル(チェコ)
7. エルディンガーヴァイス(ドイツ)
8. フラーズロンドンプライド(イギリス)
9. カールスバーグ(デンマーク)
(上記はすべて小瓶でのご提供)
グルーヴィンではオープンから生ビールをご準備しておりましたが以前お客様が「小瓶で各国の味をそろえてもらえると嬉しいな。」といわれた事が何か印象に残っていてメニューに加えてみたところこれが好評で一日にほぼ全部を飲み干す方もいらしたり。
でも工夫してみて良かったです。
というわけで誠に勝手ながら現在は生ビール(サッポロ黒ラベル)のご提供をお休みしております。ご了承下さいませ。
上記にご紹介致しました各国のビールは800円~1,000円でのご提供です。
ウイスキーを召し上がる前にちょっと喉を潤したいなという時、是非ご賞味下さい。
●ロックンロールよもやま話-その17-
「最近聞けないパーティーサウンドの名曲達」
パーティサウンド…この呼び方が一般的に通用するのか果たして自分ではわかりません。
でもオールディーズサウンドが好きな方達は「あ~っ、こいつあの事を言いたいのかな」なんてわかって頂けるのではと思います。
当店でもBGMでおかけする時がある歌手でゲーリーUSボンズという人の一連のシングルヒットがこれにバッチリとあてはまるのではと思っております。
ヒット曲も多く黒人アイドル歌手である彼は白人の女の子にも絶大な人気を誇っておりました。そんな彼の「真夜中のロック・パーティー」です。(原題の意味は午前3時の15分前というから笑ってしまいます。)
ライブ録音というタイプではなくパーティーのステージで歌いましたという感じ。
彼の他のヒット曲も聴きたいななんて方はどうぞ当店にお出かけ下さいね。
さて次の曲はツイスト男チャビー・チェッカーの「ダンシング・パーティー」です。
ゲーリーUSボンズは学生のパーティー、チャビーの方は社会人のパーティーなんて感じかな。
いかにもアメリカらしい「パーティー」という言葉。なにかワクワクするのは昭和に青春を送った方ならおわかりになるのでは。
さて上記の2曲ほど有名ではありませんがこんな曲もご紹介してみます。プレミアーズの「ファーマー・ジョン」という曲。
アメリカで放送されていたアメリカンバンドスタンドという番組のものですがエレキはアンプにつながってないしドラムも空うちだし口パク丸出しなのが楽しいです。
さてそこで我が国、日本でこんな曲ないかなとふと考えました。
そうだ、この曲があったぞと考えたのが昭和43年に寺内タケシとバニーズがヒットさせた「レッツゴー・ブガルー」これを今回の最後にご紹介します。
スタジオの中に女の子を入れちゃったって感じにも聞こえますか。
小学生であった当時の私が大好きな一曲でした。
昭和30年代から40年代、なんて楽しいサウンドがあったのでしょう。このアナログな時代…遥か50年以上も前のお話でした。
シングルモルト新メニューのご紹介
さてオープンから1年半、少しずつ新しいボトルを入れていこうと考えている当店ですが今回はバーボンウイスキーとともに人気のシングルモルトに新たな味わいを加えてみようと考えました。
アイラモルトの人気者「アードベッグ10年」です。
この地域のウイスキーは使用する泥にヨードを多く含むため独特の味わいが強くなります。
ありゃ正露丸かな、根治水かな…いやいやそんな感じでなく赤チンかな。どうもろくな表現が出来ないな。いわゆるピート臭に特徴がありそれが強い魅力となっております。
意外と女性にもファンが多くこの種類の他のウイスキー「ラフロイグ」「ボウモア」とともに味わって頂こうと考えております。
どうぞご賞味下さいね。
アードベッグ10年(46゜) シングル価格1,000円
●ロックンロールよもやま話 その16 -お父さん-
日本では父の日は6月の第3日曜日と制定されているようです。ですので今年は6月15日となるのですね。ハハハ、また少々気の早い話題ですね。
男の子でも女の子でも、やはり父親より母親の存在が大きい場合が多いのではないでしょうか。もちろんお父さんが大好きと言う女子も中にはいらっしゃるのでしょうが。
私の両親はすでに二人とも鬼籍に入っていますが子供の頃の父親とのやりとりを今でも思い出して笑ってしまう事がよくあります。
昭和30年代の海外のドラマで日本でも人気のあった「うちのママは世界一」という番組がありました。アメリカの家庭を描いたほぼコメディーなのですがここで一家の子供たちを演じていたのはシェリー・フェブレーとポール・ピーターセンというアイドルでした。
姉役シェリーの方は「ジョニーエンジェル」が特に有名でオールディーズの歴史に残る大ヒットとなりました。弟役のポールのヒット曲でドラマの中で使われた曲が本日の話題です。
1962年に大ヒットした「マイダッド」です。
曲は当時の映像でご覧頂くとして歌詞は以下の感じかな。
パパは他人からみたら偉大には見えないな。歴史を変える人でもないだろうし。
でも僕からしたら大事な人なんだ。
パパは素晴らしい男。いつも強く、間違いを犯さない。
僕はいつになったらパパの悩みをわかる日がくるのかな。
偶然最近ユーチューブで見つけたのですがドラマの中でポールが歌うシーンをご覧下さい。
年頃の息子の歌声に思わず涙を隠すパパ、それを脇で見ながらママとお姉さん(シェリー・フェブレー)が泣き出してしまいます。
なんか感動してしまうワンシーンですね。
さて父の日、プレゼントはともかく少々照れくさくてもお父さんに「いつもありがとう」と感謝の言葉をかけてあげられますか。きっとお父さんにとっては目頭が熱くなるような一生の思い出の一日になる事でしょう。
そしてたまにはグルーヴィンでご一緒にお酒を楽しまれるのもいかがでしょう。
その時はどうぞポール・ピーターセン「マイダッド」をリクエストして下さいね。もちろんアナログレコードでおかけいたしますよ。普段お母さんに比べて陰に隠れてしまう大好きなお父さん。大事にされて下さいね。
グルーヴィン営業時間等の変更のお知らせ
「フン、どこも行かないもーんだ。お金ももったいないしぃ。」
なーんて方、グルーヴィンで連休中の素敵なお時間を過ごされるのは如何かな。安いしぃ…
さてこのお店もオープンより1年半。でも何かとっても長く感じている私なんです。
せっかく始めたショットバーなので健康に気をつけていつまでも続けたいな。
さて以前より店舗内に掲示しておりましたが営業時間等で変更がございます。
GW明けの5月7日(水)より以下のように若干の変更を致します。
午後8時~午前4時半とさせて頂きます。
(旧:午後7時~午前3時)
なお午前2時半以後にノーゲストとなった場合はクローズとさせて頂きます。
● 定休日について
日曜・祝日は基本的に定休日とさせて頂きます。
(旧:日曜日定休日・祝日は営業日)
なお年末・年始、ゴールデンウィーク等で変更がある場合は前もって掲示等でお知らせ致します。
勝手な事で申し訳ございません。でもこれで始発までのんびり飲めますよね。
真夜中は大人のBARのゴールデンタイム!お仕事の後、ご自分にたっぷりとご褒美を差し上げて下さいね。
ロックンロールよもやま話 その15
-何故か認めてもらえない偉大なロックンローラー-
キング・オブ・ロックンロールという言葉をよく使いますよね。あなたにとって誰が最高のロックンローラーでしょうか。
当然プレスリーを選ぶ人が多いでしょうしチャック・ベリー、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノを選ぶ人もいるでしょう。多くのミュージシャンに影響を与えたというならバディ・ホリーも侮れません。
どうしても男性になってしまいますがあえて女子を選ぶならコニー・フランシス、ブレンダ・リーが双璧でしょうか。
さて実は一人、私も大好きな歌手がいつも軽んじられているような気がするのです。
その人…パット・ブーンなんです。プレスリーが動の王者なら静の王者はパット・ブーンという感じが私にはあります。1955年あたりからのパットは確か相当黒人の歌手の曲をカバーして大ヒットさせていたのではと思います。
「のっぽのサリー」「トゥッティフルッティ」「アイオールモストロストオンマイマインド」「エイントザットアシェイム」「アイルビーホーム」等
自身のヒット曲をカバーされて、しかも大ヒットにされてしまったリトル・リチャードが後に「俺が曲を発表するとそれをあいつが取っていってしまうんだ。だけどパットの歌は骨がない。俺の歌には骨がある。」
ある意味パットは白人家庭にワイルドな黒人オリジナルをソフトにしてお届けする役割をまかされたようなところがあったのでしょうか。ただしパット本人の意思でそう歌ったのかは不明ですよね。時代の流れでしょうか。
歌唱力抜群の彼だからソフトに表現することが可能であったのではないでしょうか。
彼の一連のヒット曲はロックンロール、オールディーズ史上にひときわ輝いているはずです。
同世代のロックンローラーや後年続々デビューしていくロッカバラード歌手にもまったく負けていません。
「4月の恋」「砂に書いたラブレター」「友情ある説得」「悲しき女学生」「スピーディーゴンザレス」等、昭和30年代に日本でも相当な人気を得た大歌手でした。
キング・オブ・ロックンロール&ロッカバラード歌手としてポピュラー音楽の歴史を支えた大歌手。世界各国でもっともっと評価が高くて良いはずと考えませんか?
お若い皆さんも我がグルーヴィンにおいでになったらパットの曲をどんどんリクエストして下さいね。その伸びやかな歌声に感動する事でしょう。
パット最高!大好き。
ヽ(≧Д≦)ノ ウワァァン!!